関西おだし専門店【だし蔵】メディア大好評

関西おだし専門店【だし蔵】メディア大好評

株式会社太鼓亭

無添加、本格関西おだしをご家庭に!

関西おだし専門店【だし蔵】

2016年 モンドセレクション銀賞&ITQI優秀味覚賞一ツ星のW受賞 関西おだし専門店「だし蔵」のご紹介

大阪の北摂で40年余 年間500万人に愛されているうどんのお店の新商品として、 究極のおだしをご家庭用に、新商品開発いたしました。

関西おだしは、全国から良い食材を集め化学調味料・保存料を一切使わない 究極のだしをコンセプトに創られておりますので小さなお子様〜本物嗜好の方にご満足頂いております。

特に30代・40代の主婦の方を中心に幅広い方にご利用頂けます。

主婦で、本格的料理をしたいけど、手間を省きたい方 健康に興味がある方

おだしをやぶって、サラダや納豆にかけてたべるのもおススメです。

関西おだし専門店【だし蔵】メディア大好評



写真
だし藏と関西おだし

究極のだしを求めて、永遠に語り継がれる旨さを求めて・・・いざ、「だし藏」が旅へと出る。 最も旨いだしとは、何なのかを探しに「だし藏」は究極のだしをまだ見つけていません。 だから今日も「出汁」づくりに励みます。



だしベース



関西おだし

さば節ベースの香りとコクが強い旨味


関東おだし

かつお節ベースの燻製香があるさっぱりとした旨味


九州おだし

いわし節にあご節を加えたあまみのあるすっきりとした旨味


船場とおだし

船場商人が育んできただしの文化


「出汁」と書いて「だし」と読みます。この言葉のルーツは、「煮出」であり、いつしか汁の読みがなくなり、だしというようになりました。

「だし蔵」が求めてやまないのは、昆布、鰹など色んなエキスが詰まっただしで、その読みの通り、まさしく汁がなく、調合したものを指します。

考えれば、だしの歴史は古く、大和朝廷の治世には、すでに鰹節の先祖的なものがあったと伝えられています。

室町時代に入ると、かの蝦夷地(北海道)に大量の昆布があることを知っていたようで、当時は宇賀昆布の名で京に運び込まれていました。

江戸時代になって、松前(北海道)で昆布を積んだ船が酒田(山形)、敦賀・小浜(福井)と寄り、下関(山口)を経て大坂へと蝦夷地の昆布が大量に大坂や京へやって来るようになったのです。

昆布で摂っただしは、和食に見事にマッチし、関西の薄味のもとになりました。

一方、鰹節をだしに使い始めたのは、戦国から江戸時代にかけて、江戸時代初期には、印南浦(和歌山)で角屋甚太郎が鰹を煙で燻して水分を抜く、いわゆる燻乾法を見つけています。

紀州で考案された鰹節がやがて土佐へ―。 1700年代に入って土佐与市(紀州与一とも呼ぶ)が封を解き、房州千倉(千葉)へ伝え、さらに伊豆・田子(静岡)に伝えたために全国的に鰹節づくりが普及し始めました。

今でも房州節や伊豆節の名が聞かれるのは、それが因で、この後、太平洋沿岸に広く伝わって行ったそうです。

昆布と鰹節をうまく合わせてだしを作ったのは、どうやら上方人だったようです。

食い倒れの町として大阪が有名になったのは、明治時代以降。江戸時代も天下の台所と称され、全国から物が集まっていたのですが、明治期に入ると、船場の商人達が食文化そのものを発展させ、今の礎をつくり始めます。

船場の名を留めた箕面(北摂)の地で文化継承をすべきで、それが「だし蔵」に課せられた使命だと考えます。




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